住吉神社
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七尾城跡/住吉神社
七尾城の守護神

 御神本(藤原)家初代国兼が初めて石見の国司として石見国へ赴任の際、海を航して下向したが、途中大時化に出遭って身の危険を感じた彼は、海神の住吉神社に航海の安全を祈った。無事着任することが出来たので、住吉ノ神の御加護を感謝した国兼は、これを勧請して上府の地に社を建造した。

 建久3年(1192年)、益田の地に転じた第4代兼高は、以来益田の姓を名乗り、翌年七尾城を築城。それとともに、上府の住吉社を移転して、中腹に城山鎮護の神として奉斎したといわれている。七尾城築城の時期については、第6代兼時の時代と、第11代兼見の時代の説もある。

 永正10年(1513年)、第17代宗兼が摂津住吉大社に参詣して、神功皇后(息長足姫命 おきながたらしひめのみこと)を祭神に迎え、表筒男命(うわつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、底筒男命(そこつつのおのみこと)の四柱となる。

 第20代元祥公が文禄(1592年)・慶長の役(1597年)から無事帰還した報恩として、社殿を改築したとわれるが、境内地の変遷は不明である。現在の社殿は、寛永4年(1664年)浜田藩主松平氏により造営された。

 昭和43年(1968年)、現在の遙拝殿(御旅所)を明治維新100年記念として建設。昭和50年には、昭和天皇金婚式、在位50年を記念して、本殿の補修工事、拝殿の新築工事などをおこなった。

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 益田市七尾町4-71

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